<   2016年 10月 ( 16 )   > この月の画像一覧

岡崎市「真福寺」「八所神社」

神社仏閣覚書

「真福寺」

岡崎市真福寺町薬師山6
山号、霊鷲山(りょうじゅせん)
宗派、天台宗
本尊、水体薬師
創建年、伝・推古天皇2年(594年)
開基、伝、聖徳太子、物部真福(願主)
正式名、霊鷲山 降劔院 真福寺
別称、三河薬師

ーーーーー
寺伝では、物部真福が山の頂より霊光輝き瑞雲たなびくをみて不思議に思い訪れたところ滾々と湧き出る泉を発見した。しばし佇み眺めていると日々信仰していた薬師如来が水中より顕れ出て「是好良薬今留在此」と誦して再び泉の中に姿を消した。
これを目の当たりにして非常に感激し末代まで伝えようとして本堂を建立したのが真福寺の始まりである。鎌倉時代には最も栄え、36坊の末寺を有した。
現在は身体健康と目のお薬師様として信仰を集めている。
ーーーーー
こういう寺伝を読むことがとても楽しい。
c0313998_16501546.jpg
岩津天神から続く山の中にあり、山の頂上に本堂があります。
仁王門は1410年に焼失後1419年に再興されたもので、1515年に建立された3メートルを超える立派な仁王像は金網なしで拝観できます。


c0313998_16425078.jpg

「下馬」と記してあります、ここからは馬を降りて歩かないといけません。
馬を降りてと。
c0313998_16483336.jpg


案内板があるところが一番下で駐車場もありますが、外の道路を進むと真ん中あたりにバス用の駐車場があり、そこを越えて境内まで車で入ることができますが(平日限定?)仁王門から続く石段を登って行くと全景がわかり良いかもしれません

c0313998_16440936.jpg
小山と谷の間に橋が掛かっていて空中回廊を歩いて移動することもできます。
一山寺院なのですね。

c0313998_16433133.jpg
堂前の最後の石段の上から撮りました。
この日は小学2年生が遠足に訪れていて、この石段もちびっこでいっぱいでした。
小さい手を合わせて参拝している姿は可愛かったですねぇ、なにかお願いしているのかな。

c0313998_16421404.jpg
大きな本堂でした、中で小学生が2クラスほどの人数で神職の方の話しを神妙な顔をして聞いていて邪魔するのは憚られたので遠くからお詣りしました。
「ご本尊は珍しい水体薬師さまで、湧き出るお水を飲んだり塗ったりするとケガに効いたり元気が出たりするということで知られています」とマイクで話されているのを一緒に聞きました(笑)
毘沙門堂、木造宝塔、鐘楼、三樂殿、広い境内に様々な建造物があり、森の中の散策は楽しいですね。
空中回廊を渡った先の参集殿は竹膳料理で有名処とのことです。


「八所神社」

真福寺の境内に本堂奥の大師堂と鐘楼の奥に隣接しています。
「明治以前は神仏習合、寺院の鬼門に神社を作ったんだよ」
と、神職の方がおっしゃっていました。なるほど。

c0313998_16511694.jpg

菩提樹館(有料の宝物殿?盆栽展をしていました)竹膳料理、お水が販売(授与というより販売)されていたりするところは観光バスが何台も停められる駐車場があるように、観光寺院の感が強いのですが、山の中のお寺はいいですね。
御朱印は本堂の中で頂けました。












[PR]
by okazu1234 | 2016-10-29 17:41 | 旅は道連れ | Comments(0)

岡崎市「大樹寺」

神社仏閣覚書
徳川家康所縁場所巡りその2

「大樹寺」

岡崎市鴨田町広元5-1
山号、成道山
宗派、浄土宗
本尊、一光千体阿弥陀如来、如意輪観世菩薩
創建年、天文4年(1535年)
開基、松平親忠
正式名、成道山 松安院 大樹寺

ーーーーーーー
文明7年1475年、戦死者供養のため松平親忠の開基、勢誉愚底の開山により創建。
「大樹」とは征夷大将軍の唐名であり、松平家から将軍が誕生することを祈願して勢誉愚底より命名されたと伝わる。
親忠により大樹寺は松平家の菩提寺とされ、松平郷高月院にあった墓から分骨され、平親、泰親、信光の墓が大樹寺に作られた。

永禄3年1560年、桶狭間の戦いで総大将今川義元が討死、拠点の高田城でその報を聞いた松平元康は追っ手を逃れて手勢18名ととともに当寺に逃げ込んだが、寺を囲んだ追撃の前に絶望した元康は先祖の松平八代の墓前で自害して果てる決意を固め、13代住職登誉天室に告げたが、問答の末「厭離穢土欣求浄土」の教えを説いて諭し、元康は奮起し、教えを書した旗を立ておよそ500人の寺僧とともに郎党を退散させた。
以来元康(家康)はこの言葉を馬印として掲げるようになる。
こうして元康は今川軍の元で城代山田景隆が打ち捨てて空城となった古巣の岡崎城にたどりついたといわれている。
ーーーーー
・この時門前で闘った僧侶が武器として用いた、門のかんぬきが残されており、展示されていました。でかい!

ーーーーー
住職13世登誉上人が徳川家康公に「厭離穢土欣求浄土」の教えを諭したことから「立志開運の寺」とされ多くの信仰を集めた。
天文4年1535年建立の一層は方形、二層は円形の釣合いのとれた多宝塔(国指定重要文化財)や寛永18年1641年家光建立の山門(県指定重要文化財)は当時の徳川家の力を知らしめる威風堂々とした建造物が多数見られ、本堂からは山門総門を通して一直線上に岡崎城を望むことができ、この景観は「ビスタライン」と称され、岡崎市の条例により保護されている。
ーーーーーー
・本堂内の拝観料は有料ですが、位牌堂、将軍の休む部屋、大名の控室などの襖絵、
歴代将軍の身長と同じ大きさの位牌などがずららと並ぶ位牌堂の拝観ができます。
だいたい150〜160センチほどの身長ですが、増上寺の遺骨改葬時調査との差も大きくないようです。

c0313998_17124200.jpg
本堂側から総門山門を眺めると、その先に岡崎城を見ることができます、ビスタラインと呼ばれていることははじめて知りました。
岡崎城までの直線距離3キロほどの間には市の条例で、高層マンションなどは建てられないとのことです。なるほど。

c0313998_17130855.jpg
大樹寺の沿革と、追っ手に囲まれて大ピンチ、観念した元康公を諭した住職と、奮起して元康公と闘った僧侶の事が書いてあります。漢字がいっぱい…でも面白い。

[PR]
by okazu1234 | 2016-10-26 18:33 | 旅は道連れ | Comments(0)

岡崎市「滝山寺」「滝山東照宮」

神社仏閣覚書

「滝山寺」

岡崎市滝町山籠107
山号、吉祥陀羅尼山
宗派、天台宗
本尊、薬師如来
創建、天武天皇時代(673-686年)
開基、役小角

岡崎市の山の中にあるお寺と、その隣にある東照宮です。
私の10月のテーマは「徳川家康公所縁のお寺と神社を訪れる」でした。
少し調べて行きましたが、沿革を読み宝物殿を訪れたところ、思わぬ壮大な歴史ロマン!
源頼朝公の顎髭と歯が収められている運慶作といわれる観音菩薩像(レントゲン撮影し発覚、その後重要文化財指定)、織田信長から家康への書簡など、広いとはいえない宝物殿に素晴らしいお宝多数。
徳川家所縁のお寺になぜ頼朝公所縁の観音様があるのか?
頼朝公と熱田神宮の繋がりなどなど、日曜日にはガイドさんがおられ詳細を説明してくださいます。
是非、日曜日に訪れてみてください。

ーーーーー
滝山寺縁起によると、奈良時代天武天皇の命で役行者(役小角、奈良時代の伝統的な山岳修行者)が青木川で拾った金色の薬師如来像を祀る吉祥寺として創建したとされる。その後寺は放棄され荒寺となる。
保安年間(1120-1123年)天台宗の仏泉上人永救が物部氏の保護を受けて再興し、次いで熱田神宮大宮司藤原南家の保護を受けていたという。
この時期より、山岳信仰の場であった吉祥寺が寺院としての形態を整えたものであるとされている。
ーーーーー

・ここまでもとても興味深いが、この後がもっと面白い!
ーーーーー
平安時代末期から鎌倉時代初期の住職であった寛伝(1142-1205年)は、熱田大宮司藤原季範の孫で、源頼朝の従兄弟であったため、頼朝による大伽藍の造立がなされるなど鎌倉幕府の庇護を受けた。
また寺に伝わる観音菩薩及び両脇侍像は頼朝の三回忌にあたる正治3年(1201年)寛伝が頼朝追善のため仏師運慶・湛慶親子に作らせたものといい、様式的にも運慶一派の作と考えられている。
寛伝は足利氏宗家初代当主足利義康の義兄弟でもあり、足利氏本拠地である下野の満願寺住職を経て滝山寺住職となった。
ーーーーー

・滝山寺宝物殿に日曜日だけ在中されているボランティアガイドさんから、わかりやすい系譜を見せて頂き説明を受けました。
8月に鎌倉の寺社訪れ、鎌倉幕府とは?を知るべくあれこれ本を読んでいた私はこの時点で体温上昇。
さらに続きます。
ーーーーー
その後、藤原季範の子孫にあたる三河守護足利氏の保護を受け、12世紀に三河国司藤原憲長と滝山寺の間で阿知和郷の帰属が争われたが、熱田神宮の藤原範忠により、滝山寺領として定められた、歴代この地の有力者に庇護され、鎌倉時代に412石を得ていた。貞応元年(1222年)足利家3代目当主足利義氏が本堂を造立。
南北朝時代には足利尊氏の庇護を受け重要文化財の本堂が作られた。
しかし、臨済宗を重視する室町幕府の方針の影響などで滝山寺の勢力は衰えた。
ーーーーー

・寄棟造、檜皮葺の本堂は重要文化財指定されています。
同じく重要文化財指定の山門は本堂より離れた滝町の集落の入口に位置していて、入母屋造、こけら葺の楼門、左右に金剛力士像、鎌倉時代末期〜室町前期の建築様式。
この日は日曜日、山門の下に小さいこども神輿が並べられていました。
秋のお祭りでしょうか、まわりは芝生の広場なっていてベンチなどもあり、
地域の皆さんの憩いの場なっているのでしょうか、とても素敵な風景でした。

c0313998_16134105.jpg

山門から本堂まで1キロ弱ほどあります、
この山門から境内だったのでしょうか、現在は滝町集落があり、普通の住宅地となっていました。

続きます
ーーーーー
近世初期には徳川家康庇護を受け、412石を得て復興。徳川三代将軍家光の治世に寛永寺を創設した天海の弟子亮盛が寛永寺の子院であった青龍院住職と兼務する形で滝山寺住職を務め以降勢力は増し正保元年(1644年)には徳川家光の命で、岡崎城鬼門にあたる滝山寺境内に「滝山東照宮」が創建され200石の加増を受けた。
明治維新後は石高がなくなり、東照宮も独立するなど、規模が小さくなり、歴代住職の墓は弘願寺の裏に置かれている。
ーーーーー

神仏習合でしたが、明治政府の神仏分離令によって、仏教寺院破壊運動が起き、滝山寺の様々な建築物も壊されてしまったようです。
では、亡くなって東照宮となった家康公は神様?よくわかりません、奥深いです。
滝山寺の本堂と山門が残されていて良かったです。
(仏像などは本堂の裏か蔵にあり無事だったのことで、歴史的価値のあるものとして認められたのは近年になってからだそうです)

c0313998_16131579.jpg
滝山寺、滝山東照宮の参道、駐車場から上がって行くと写っている石段の倍はあります。
歩きやすい靴で行きましょう。

[PR]
by okazu1234 | 2016-10-24 18:53 | 旅は道連れ | Comments(0)

「スター・トレック BEYOND」

10月の映画覚書

「スター・トレック BEYOND」

監督、ジャスティン・リン
製作に、J・J・エイブラムス、脚本にサイモン・ペッグの名前があります
出演、クリス・パイン、ザッカリー・クイント、ゾーイ・サルダナ、サイモン・ペッグ、カール・アーバン、アントン・イェルチン、ジョン・チュー、イドリス・エルバ、ソフィア・ブテラ

J・J・エイブラムスが監督のスタートレック新シリーズ3作目、今回はジャスティン・リン監督。
レギュラーキャストは変わらず。

賛否両論は様々あれど、こどもの頃TVで観ていた私には、このシリーズを映画館で観ることができるだけで幸せな気分になります。
カーク船長、スポック、ドクター、スールー(日本語吹替版ではMr.カトー)スコット。
途中何度か泣けてきて困りました、スターウォーズもそうですが、完全に贔屓の引き倒しです。
ですから感想文なぞ書けません。
思惑通りに映画好きに育った娘たちともう一度観に行きます。

c0313998_17354021.jpg





[PR]
by okazu1234 | 2016-10-22 18:00 | 映画 | Comments(2)

豊川市「砥鹿神社」

神社仏閣覚書

そもそも3日前の夕食を思い出すのに時間が掛かるのに、漢字がいっぱいの神社や仏閣、いくつもの呼び名を持っている神様やインドや中国伝来の偉い方々を覚えていられる自信がない。
そう威張っていう事ではないが、忘却の彼方にいってしまわないように書き留めよう、そうだ、ブログに残せばいつでも確認できるじゃない!
やる気満々だったが、それすら追いついていない…。

神社に行くようになって、古事記や日本書紀の面白さを知り、お寺さんに行くようになって我が家の菩提寺の事もよく知ることができた。
こんな言い方はよろしくないのかもしれないが、「頭の体操」にはとても良い。
そして、心も豊かになるような気がする。

歴史のある建造物に関心したり、樹齢数百年の巨木見上げて感嘆の声が出てしまったり、不意に鼻の奥がツーンとしたり、心が動く。
参道の石段を駆け上がるとは言わないまでも、今ならまだ登ることができる。
10年後20年後には難しいかもしれない、足腰が元気に動くうちに行きたいところへ行こう。
と、いうことで、9月に行った砥鹿神社。

「砥鹿神社」
三河国一之宮砥鹿神社
里宮、豊川市一宮町西垣内2
主祭神、大己貴命(おおなむちのみこと、大国主命を指す)
奥宮は本宮山789m山頂に鎮座する
創建、社記では、大砲年間701年〜704年に文武天皇の病を鎮めるための勅使として草鹿砥公宣が派遣され、本茂山の神を迎えて里宮が創建されたとする。

701年といえば大宝律令と歴史の授業で習いましたが、覚えていません…
もっと真面目に勉強すれば良かったと思う今日この頃。
奥宮の本宮山はよいトレーニングコースと聞きます、東三河地方の中心的な孤峰で、山中には磐座、山麓には古墳群の分布があり、古代から信仰対象であったとのこと。
まだ登ったことはなく行かねばならない所としてメモメモ。

戦国時代には今川戦時徳川家康が本多信俊の救援に駆けつけ砥鹿神社に宿陣したとも伝えられている。
徳川家康、三河の地には所縁の場所が多くあり行きたいところはつきません。

c0313998_11334828.jpg
巨木に心惹かれます

c0313998_11341119.jpg
第二次世界大戦中の豊川海軍工廠の空襲時
街道沿いの鳥居には戦火の跡がそのまま残っています
世界平和と唱えてきました。







[PR]
by okazu1234 | 2016-10-20 18:00 | 旅は道連れ | Comments(0)

新城市「龍岳院」


久しぶりの青空!
気持ちの良い秋晴れ日曜日に友人と夫と4人で日帰りぶらり旅
夫と友人は初めて、私は3回目の新城市庭野の「龍岳院」へ

曹洞宗 金剛山 龍岳院
新城市庭野字植田21-1

「お寺は皆様にとって身近な存在であるべきです、開かれた寺院であり続けたいと考えております、寺子屋龍岳院をごゆっくり参拝ください」
公式サイトより抜粋

c0313998_15473273.jpg

新城の山を背に建っていて紅葉頃はまた良いでしょうね。
山門前に「来てくれてありがとう」とあるとおり、笑顔のご住職と奥様が迎えてくださいました。

駐車場には他府県ナンバーの車もありました。
公式サイトにご住職が対応してくださる日時も載っているのでみなさん確認されて来られるのでしょうね。

本堂でお参りをして、順番を待っている間奥様からお茶をいただき、
順番がくると、ご住職がひとりづつ向き合ってお話ししながら書いてくださいます。

c0313998_15495921.jpg

この日頂いたのは秋の御朱印。
「どれがいいかな?秋といえば、、味覚の秋?そんな顔してるね」
と、にこにこ笑顔で書いてくださいました。
押してある茄子や松茸はご住職が手で彫られたそうです。
芸術の秋とか、その他あるということをInstagramに他の方がUPされていたを見て知りました。
私は「味覚の秋」って顔しているのでしょうね、ほほほ。

ご懇意にされている福井県の御誕生寺では猫保護活動をされており、小さな募金箱が設置されていましたので、これもご縁と少し寄付をすると、もう一枚頂き恐縮です。

c0313998_15510999.jpg
そうですね、道に迷って…迷ってばかりだなぁ、
遠回りして道を覚える、そのとおりですね。


c0313998_15490422.jpg
こちらは以前いただいた交通安全お守り。
ワーゲン、可愛いですね。

c0313998_15504213.jpg
御朱印帳を購入時に最初のページに描かれていた一期一会。

まだまだ様々な御朱印がいただけますが、
「一度にたくさんお金使わないで、またいつでもいらっしゃい」
と、他の方にもおっしゃっていました。
温和なご住職と奥様のお人柄が再訪したいという気持ちになるのですね。
(たくさんお金使わないでとおっしゃいますが、御朱印を1枚いただく時に奉納するのはわずか300円なのです)

一人づつ書いてくださるので少し時間がかかります。
公式サイトで御在宅を確認して、時間に余裕を持ってお出かけください。

[PR]
by okazu1234 | 2016-10-19 18:24 | 旅は道連れ | Comments(0)

「ハドソン川の奇跡」

10月の映画覚書

「ハドソン川の奇跡」

監督、製作、クリント・イーストウッド
原作、チェズレイ・サレンバーガー
出演者、トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー

2009年1月15日、ニューヨークマンハッタン上空1000メートル、バードストライクにて全エンジン完全停止コントロールを失う、機長の判断でハドソン川に着水、奇跡的に全員が事故から生還する。
機長は一躍国民的英雄として称賛されるが、事故後、国家運輸安全委員会からの厳しい追及が行われる。

トム・ハンクスとイーストウッド監督の安定感といいますか、そうだと思ったけどやっぱりそうだった、と。
裏切りもドロドロした駆け引きもなく、様々な奇跡的な要因はあれど正しい人が正しく評価される。
実話なので内容もわかっていますが、ドキドキしたり着水後の各方面からの救助などはホロっと涙が出ちゃいました。
機長と最後に通信をしていた管制官、「ハドソン川に墜落して大惨事」そう思い込んでひとり別室で泣いていた彼が全員生還のニュースを聞いたシーンがよかった〜。

魔法使いやゾンビや暗殺者の映画を観たあとはこういう作品もいいなと思います。
次はSFを観るけどね(笑)

c0313998_23100754.jpg
6月に北海道へ行った時の写真、左上に小さく写っているのは富士山。
非常口のすぐ近くの席でぐーすか寝ながら行きました。
この映画を見た後だったらきっと少しの振動でもドキドキして寝ていられなかったでしょうね。
片道6800円のジェットスターでした、やすっ。




[PR]
by okazu1234 | 2016-10-15 18:00 | 映画 | Comments(0)

三重県鳥羽市「伊射波神社」 sanpo


日曜日の続きです。
瀧原宮を後にして、鳥羽市に戻り「伊射波神社」に行ってきました。
地名は難しいですね、安楽島をアンラクトウと読んでいると、いつまでたってもナビに出てきません。
街の看板を見て、安楽島はアラシマということに気づきました、お恥ずかしい。
神社の名前を入れると鳥羽のフェリー乗り場から6k、20分ほどで着くとナビは表示し、そのとおりに行くと海沿いのリゾートマンションやホテル付近を登って下ってたどり着いたのはよくわからない場所でした、景色は最高でしたけれども…。
仕切り直して参拝者のための駐車場のある「安楽島公民館」で検索したところスムーズに到着。


伊射波神社(いざわじんじゃ)
三重県鳥羽市安楽島町字加布良古1210
主祭神、稚日女尊(わかひめのみこと)伊佐波登美命(いざわとみのみこと)玉柱屋姫命(たまはしらやひめのみこと)狭依姫命(さよりひめのみこと)
志摩国一宮
創建、不詳
別名、かぶらこさん
本殿の様式、神明造

相差の石神さん、河内の彦瀧さん、こちらのかぶらこさんは鳥羽三女神と呼ばれ女性に人気があるとのことです。
c0313998_23425218.jpeg
公民館へ行く途中通った安楽島漁港?
海の色が濃い緑色で不思議

他府県ナンバーの車が停まっていました、知る人ぞ知る場所のようです。
この先にトイレはなく安楽島海水浴場のトイレを使ってくださいと記した看板がありました、ありがたいお言葉、きれいなトイレ。

c0313998_23205283.jpeg
親切な案内板が所々にあり、この先は迷うことなく神社まで行けます。

c0313998_23381669.jpeg
矢印が示すままに行く道はこんなに素敵な所です

c0313998_23384016.jpeg


しかし、だんだん細くなる…
足元も滑りやすいです。

c0313998_23390886.jpeg
登って降って、心拍も上がる〜
先行きが少し不安になったところで
c0313998_23395944.jpeg
じゃーん!
海に出ました、気分は上々
海を右手に眺めながら海岸線をしばし歩き
旗の向こうのあのこんもりした山の上に登ります

c0313998_23405996.jpeg
途中、杖が用意されていました、ということは急勾配なのね。
助かりました、ご親切にありがとうございます。
c0313998_23412599.jpeg
不揃いな石段は厳しいけれど、この眺めは最高です

c0313998_23415115.jpeg
どんどん上がっていくと、二の鳥居

c0313998_23421452.jpeg

さらに歩いて到着

加布良古崎(かぶらこざき)
全体が神域、社殿は岬の頂きに鎮座しています
海岸に一の鳥居が立っていて、その周りには貝が石を溶かして住んでいたと思われるいくつもの穴の空いた不思議な石がありますが、持ち帰るとお腹が痛くなるかもしれません、持ち出すのはやめましょう(と、立板に書かれていました)

神職の方は常駐されていませんが、参集所にはお札やお守り、御朱印をいただける宮司さんのご自宅の地図、電話番号が記された地図が置いてあります。至れり尽くせりです、恐縮します。


c0313998_23393674.jpeg
とても気持ちの良い参拝ができました、またきます!と名残を惜しみつつ来た道を歩いて帰り道、道路にはみ出した木々を整備されている男性お二人とご挨拶をしました。
駐車場の少し手前で先ほどの方とまた出会いお話しすると、なんと宮司さんと氏子総代さんでした。
道無き道の整備は大変なことと思います、頭が下がります。
地図に記されていたご自宅に御朱印をいただきに伺うことを伝えると、さらさらりとその場で書いて頂けました。

港で会った地元の女性、道を教えてくれた小学生、神社のお世話人の方、宮司さん
どなたも親切で丁寧な対応をしてくださいました、出会った三重県の方良い方ばかりでした。

c0313998_23431777.jpeg
帰りのフェリーの時間待ちにいただいた「伊勢うどん」
麺は太く、柔らかく、コシがないのが特徴でしょうか
こういうものとして食べれば美味しいかと。









[PR]
by okazu1234 | 2016-10-13 18:00 | 旅は道連れ | Comments(2)

伊勢神宮の遥宮「瀧原宮」


週末、カレンダーでは三連休でしたが、私は日曜日のみのお休みでした。
友人と二人で「二見興玉神社」、伊勢神宮別宮、遙の宮と呼ばれている「滝原宮」
安楽島のかぶらこさんと呼ばれている「伊射波神社」海女さんの守り神、相差の「石神さん」へ行ってきました。

伊勢湾フェリー、伊良湖発8:10の便で鳥羽市へ、約50分。
スタートは二見興玉神社。
日曜日でしたので神社の近くの無料駐車場は空いていませんでしたが、係りの方が地図とともに近くの無料駐車を教えてくださいました。感謝。
数分歩き、到着。
前回、二見興玉神社で御朱印帳を購入して始めたので、今回は一番最後のページに書いていただきました。

同行の友人に知ったかぶりしてあれこれ説明していたところ、友人が下の写真の蛙の音楽隊を見つけました。
ややや、前回なぜこのような可愛い蛙に気づかなかったのかな。
20数年前に訪れた時の真面目な顔した大きな蛙の印象が強かったので他の神使蛙さんはよーく眺めたのに、言われて振り向いたら、この音楽隊がありました。
「海王大和国」の石碑がありましたが、蛙の王国なのでしょうか?
境内には参拝の後、神徳を受けた方が献納された蛙の像がそこかしこにたくさんあり、蛙好きの私は嬉しいです。

c0313998_16591957.jpeg
二見興玉神社の蛙の音楽隊



瀧原宮へ
c0313998_23100863.jpeg

三重県度会郡大紀町滝原872
紀勢自動車道・大宮大台ICを降りて数分。
伊勢神宮より50分ほど、二見興玉神社よりこの日は50分で行くことができました。

主祭神、天照大御神御魂
社格、皇大神宮別宮
創建、804年以前
本殿の様式は、神明造

皇大神宮の別宮で神宮の遥宮との呼ばれている聖地。
皇女・倭姫命が天照大御神を祀るため、相応しい聖地を探し求めていたところ、大河の瀧原の国に出会い、そこに瀧原宮を建てられたことが始まりとなっているとのことです。
62回式年遷宮の時には皇大神宮(内宮)の翌年旧正殿から新しい正殿へと御神体が移されました。

前回の伊勢詣でではフェリーの時間の都合でお参りができなかったので、今回どうしても参拝したくて余裕を持ちゆっくり訪れました。

c0313998_23102866.jpeg
由緒書
c0313998_23110310.jpeg
御手洗場
内宮では五十鈴川、こちらでは宮川に御手洗場があります

c0313998_23162101.jpeg
参道

c0313998_23172884.jpeg

巨木にうっとりです

瀧原宮の宮域は44haと広大で、山を背後に南面し、前方には東から西へ川が流れる地勢から内宮の雛形になったとする説があるそうです。

瀧原宮と瀧原竝宮の本殿は内宮に準じ、神明作りで萱葺屋根、周囲には瑞垣と玉垣が配されて、それぞれの門がありました。
両社殿は同等とのことです。
所管社、若宮神社、長由介神社、川島神社(社殿はなく長由介神社に同座)
参拝の順番の書いてある立板がありました。

c0313998_23201194.jpeg

宿衛屋(しゅくえいや)

宿衛屋には参拝時間内に神職の方が常駐されています。
お札やお守り、神楽などの取次ぎはこちらで。
お参りの後、御朱印をいただきました。

宮川の澄んだ流れ、巨木に囲まれた参道、檜の香りのする社殿、白い玉垣
日曜日の午前中にもかかわらずシンと静かな環境でシャンと背筋が伸びる気持ちになりました。


この後訪れた「伊射波神社」は山あり谷あり泥道ありのアドベンチャーでした。
忘れないうちに次回に続きます。




[PR]
by okazu1234 | 2016-10-12 18:00 | 旅は道連れ | Comments(0)

「ジェイソン・ボーン」10月


10月の映画覚書、その4

「ジェイソン・ボーン」

監督、脚本、ポール・グリーングラス
製作にマット・デイモン、ポール・グリーングラスの名
出演、マット・デイモン、トミー・リー・ジョーンズ、アリシア・ビカンダー、ヴァンサン・カッセル、ジュリア・スタイルズ、リズ・アーメッド

「ボーン・アイデンティティ」「ボーン・スプレマシー」「ボーン・アルティメイタム」続くボーンシリーズ、9年ぶりの4作目。
3部作を手掛けたポール・グリーングラス監督とマット・デイモンとニッキー役のジュリア・スタイルズは続投。
CIA長官にトミー・リー・ジョーンズ、作戦員にヴァンサン・カッセル。

待ってました!と喜び勇んで初日鑑賞。
良くも悪くもジェイソン・ボーンとポール・グリーン監督でした。
最強の暗殺者ボーン、ぶれるカメラワークこれでもかってほどのカーチェイス。
記憶取り戻し、姿を消して暮らしていたボーンが真実に別のところにあるということがわかり(前回記憶を取り戻し解決したのに実は違うってなんでもありじゃん…なんて野暮は言わずに)
真相究明のために姿をあらわしCIAに追われる。
息を抜けない緊張感が続き肩が凝りました。


c0313998_16595479.jpeg
写真はうちの犬たちのカラーです。
家庭犬にとってカラーとリードは手を携えて歩いて行くために大切な物です。

ボーンシリーズはまだ続きそうな終わり方でした。
愛国心ゆえCIAに戻るのでしょうか。
それとも首輪なんて引きちぎってひとり闘い続けるのでしょうか。
なんてことを考えていたら、この写真を思い出したので引っ張り出してみました。




[PR]
by okazu1234 | 2016-10-11 18:00 | 映画 | Comments(2)