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静岡県湖西市 応賀寺 本興寺 正太寺

浜松での用事が思いの外早く終わったので、浜名湖周辺のお寺へ。
浜名湖を眺めながらいけそうな所から。

応賀寺
東海道本線新居駅より徒歩15分。

神亀年間、724〜聖武天皇の勅願寺として、行基菩薩により開基、草創された古刹。
810年、弘法大師漂流、そのとき遠く対岸に一条の光輝くを認め、これを目標に無事漕ぎつくことができました。
この光こそ当山の本尊、薬師如来の光背であったと古記は伝えており、随喜された大師はこの寺の山号を光る鏡の山、鏡光山と呼び、喜びに応ずる寺すなわち応賀寺と名付け、海上安全と息災安穏を祈願されたと伝えられる真言宗始祖縁りの霊場です。
以上、応賀寺サイトより抜粋

神社・寺院を訪れるようになったのは最初は御朱印集めでしたが、各所を訪れるうちに、こういう寺伝を知る事がとても楽しいと感じるようになりました、歴史あるものはとても興味深くファンタジック。
もう一つは、開山というように山を開いて建てられた所が多く、樹木が護られているので樹齢1000年などの古木に出会えると、人間なんてららら〜と、大概な事は瑣末なことなんじゃないかと感じられます。
と、いうことで続きます、応賀寺。

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応賀寺の山門

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薬師堂の保存修理の様子

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光陰の庭
名前の由来はわかりませんが、光と陰の庭、いいですね。

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婆羅門僧お手植えの菩提樹

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光陰の庭
寺務所で御朱印を書いてくださっている待ち時間に、お庭を見せていただきました。




本興寺
東海道本線鷲津駅より徒歩10分
新居の応賀寺より4k、車で11分ほど。
永徳3年(1383年)日乗聖人が開山、法華宗の寺院。
江戸時代には徳川家康から御朱印地を受け10万石の格式をもって遇され、葵の紋の使用を許された。
江戸中期の文人画家谷文晁が文政10年(1827年)の大書院落成にあたり描いた「四季山水図」の壁画と15面の襖絵は雄渾な筆致で、文晁晩年の傑作といわれています。
浜名湖観光サイトより抜粋


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山門は吉田城より1674年移築された

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庭園

京都の大徳寺孤蓬庵、南禅寺金地院などの造園で知られる小堀遠州作の
蓬莱式池泉観賞式庭園
歌人北原白秋が「水の音ただにひとつぞ聞こえけるそのほかなにも申すことなし」
と詠んでいます。
写真右側は大書院と奥書院に続いており、拝観料が必要です。


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本堂は、天文21年(1552年)建立
寄棟造、茅葺、国指定重要文化財
山門をくぐると両側に塔頭が四院(長勝院、光明院、玉葉院、東光院)あります、境内を歩いて一番奥が本堂、茅葺屋根は珍しくなんとも雰囲気のある御堂でした。
寺務所で御朱印をいただきました。



正太寺
本興寺から6.5k車で15分ほどでした。
浜名湖を眺めながら岬の近くまでのドライブは気持ちが良かった〜

遠州三十三観音霊場めぐりの二十五番札所です。
三十三観音めぐりとは!行きたくなってしまうではないですか。。

応仁元年(1467年)受信大和尚の創建。
曹洞宗。
宇津山城主で今川氏親の家臣朝比奈紀伊守泰満により本堂が建立。以来宇津山城歴代城主の帰依により寺門興隆。
慶安元年(1648年)徳川家光公より御朱印を賜る。
ご本尊は聖観世音菩薩は、大同2年(807年)浜名湖より出現、村民宇津山の中腹に堂宇を設けて観音堂なしと伝えられ、後にこの観音様を本尊に迎え正太寺が開創された。

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副住職の正哲さんが作った「正太寺てんぷる」というホームページがあります。
もしかして、私が訪れた時にいらっしゃった方かしらん?
お若いご僧侶でとて感じの良い方でした。
力強い筆跡の御朱印をいただきました。
本堂の前から眺める浜名湖の景色が素晴らしかったです。





by okazu1234 | 2016-10-03 20:50 | 旅は道連れ | Comments(0)
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